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日々の雑感や詩など。
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枯れ草の香りがする。

僕の世界は潮の香りで出来ていた。長い長い見渡す限りの砂浜と真っ青な反転してもなお続く海が幼い僕の世界だった。そこで僕は毎日飽きることなく青と白に包まれた世界を眺めていた。
青と白!なんて美しい世界だろう。遠く鳥の鳴き交わす声、波のさんざめく声、母なる海原の胎動の音。海は美しく冷徹、圧倒的なまでに僕に無関心だった。老人たちに囲まれたただ一人の子供であった僕に、無関心さは癒しだった。
僕は海岸にいる間は誰かに離しかけられることを嫌ったし、誰もが僕を無視していた。僕はそこでは一人の異物だった。いや、あの美しい海岸では誰もが異物だった。海岸をただ構成している砂浜と海以外はすべて異物であるべきだった。

僕はそこで一人の少年に出会った。

彼はいつの間にか僕の横に座っていた。話しかけることもなくこちらに意識を払うこともなく座っているだけだった。しかし僕と少年は共犯者だった。
海岸の美しさを知る者同士というその稚拙で傲慢な共有はその夏の間続いた。来る日も来る日も僕は彼と共に海を見続けた。海岸を見続けた。海水浴客の中でひたすら寂れた展望台の東屋に座り海と空と砂浜とを見続けた。

僕の世界は潮の香りで出来ていたが、僕の香りは道路の香りだった。
排気ガスと、コンクリートと、数々の騒音で僕は形作られた。僕は人工物で出来ているのだ。
彼からは枯れ草の香りがした。少年がどこから来たのか、ひと夏を共に過ごした僕は知らない。彼も僕がどこから来たのか知らない。

あれから十数年を過ごしてきた僕は振り向く。
僕の横を通り過ぎていった男から枯れ草の香りがした。そしてその男も同じように振り返っていた。僕と彼の視線が合う。

僕と彼は共犯者である。
僕と、彼は。
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いつか綺麗な言葉を作りたい。

空ろな人です。中にはたくさんの汚泥が詰まっています。
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